上腹部痛(Epigastric Pain)シリーズ21 EXPERT COURSE 解答 【症例 EE 103】

腐蝕性気腫性胃炎・腸炎.Corrosive,emphysematous gastritis・enteritis






図1の腹部単純写真で胃壁内ガスを認める(↑).図2〜図6では肝内門脈内ガス(▲),図8〜図15では肝外門脈,SMVおよびSMV分枝にガス(△)を認める.図3〜図7で胃壁内気腫(↑),図13と図14で小腸壁内気腫(白矢印)があり,胃と小腸の壊死,または気腫性胃腸炎を強く示唆する.職場の同僚によると呼気および吐物の異臭からメチルエチルケトンペルオキソド(商品名:パーメック=ポリエステル樹脂と反応して硬化させる溶剤で,造形素材として用いられる.酸化作用がある.)を飲んだ可能性が極めて高いという.遊離ガスは認めないが,腐蝕性壊死性胃腸炎と診断し手術となった.下部食道,胃全体と空腸の一部が出血性壊死性所見を呈していた.図Aは胃の術中内視鏡所見で,出血性壊死性胃炎を示していた.切除は不可能と判断しそのまま閉腹し,翌日死亡した.










参考症例(漂白剤による胃穿孔):統合失調症の45歳男性.漂白剤の次亜塩素酸(商品名:ハイター)を飲んでいるところを発見され救急搬送された.意識はなく III-3.経鼻胃管を挿入したら大量の血性胃液が排出された.
CTで腹腔内に遊離ガス(↑)と腹水(※)があり,図2と図3の,食道胃接合部周辺のガス像(白矢印)が図4〜図9の網嚢内へ(▲),図4〜図12の△は後腹膜内への広がりを示し,食道胃接合部での穿孔を示唆する.手術で穿孔部位は明確でなかったが,食道胃接合部が最も壊死所見が強かった.胃瘻と小腸瘻を造設しドレナージを行ったが,下血が続き多臓器不全を合併し翌日死亡した.












文献考察1):気腫性胃炎(emphysematous gastritis)
消化管症候群 Emphysematous gastritis
  Author:小山茂樹(滋賀医科大学 第2内科), 藤村昌樹
  Source:日本臨床(0047-1852)別冊領域別症候群5 Page253-255(1994.11)
要旨:emphysematous gastritisとは, レントゲン上胃壁内に気胞がある症例で, ガス産生菌の胃壁感染症, あるいは種々の原因により生した胃壁壊死部にガス産生菌または常在菌の感染を包括する病名である. Clostridium perfringensなどのガス産生菌の経口または血行性の胃壁への感染によって生じるが, 動脈硬化に基づく血栓・塞栓症, 動脈塞栓術の合併症としての胃動脈閉塞, 酸やアルカリなどの腐食剤の服用,胃十二指腸潰瘍術後,胃腸炎,胃癌, psychogenic polyphagia, 内視鏡的polypectomy後,AIDS, 急性膵炎などの胃壁壊死部へのガス産生菌の感染によっても生ずる. 臨床症状は,突然の発症と急激な経過を特徴とする. 激烈な心窩部痛, 高熱, 嘔気, 血性嘔吐をきたし, 剥離粘膜を思わす壊死組織の排出を認めることがある. ときには腹膜炎を併発し, ショック状態になる. 腹部所見では強い筋性防御を呈し, 消化管の穿孔と区別できないことがある. 死亡率は50-80%と高いが,早期診断・二期的手術により救命可能な疾患である.急性期の手術では広範な炎症があるため手技的に困難であり,また壊死部の範囲が不鮮明であることから切除範囲の決定も困難である.胃切除,胃瘻,腸瘻造設術を行い,全身状態が改善してから,二期的に消化管の再建を行う.

文献考察2):腐蝕性胃炎(corrosive gastritis)
消化管症候群 腐蝕性胃炎
  Author:永尾重昭(防衛医科大学校 第2内科), 丹羽寛文
  Source:日本臨床(0047-1852)別冊領域別症候群5 Page663-665(1994.11)
要旨:腐蝕性胃炎は, 偶発的, あるいは自殺目的に飲用された腐蝕性薬剤により引き起こされる化学的損傷であり, 障害範囲は胃のみならず, 食道から小腸にまで及ぶこともある.幼少時においては誤飲によるものが, 成人においては自殺目的が多い. 腐蝕性薬剤には,(1)酸:硫酸(バッテリー液など), 塩酸系トイレ洗浄剤など. (2)アルカリ:(アルカリ系洗剤など), パラコート, クレゾール, 昇汞, ホルマリン, シンナー, 有機リン酸剤など,がある.酸性薬剤では組織表面に早期に凝固壊死を生じ, 障害が深部に浸透することが阻止され, 表面に限局することが多い. すなわち, H+イオンが蛋白と結合し, 吸水性のacid-albuminateを形成し, 細胞死,組織の凝固壊死を生じ, 乾性の壊死組織を作る.また, 液自体, 刺激臭が強く, 多量の飲用は困難で, 部位的には, 食道下部〜胃・十二指腸に変化が強い. 一方, アルカリ性薬剤では, 組織蛋白は融解壊死をきたし, 病変部は広範囲で深層まで及ぶ. 刺激臭は弱く, 多量に飲用されるため, 穿孔する可能性も高い. 部位的には, 口腔内および食道上部に変化が強いとされる. 腐蝕性胃炎としての合併症は, 早期にはショック・喉頭浮腫・気管支炎, 食道・胃穿孔およびそれらに随伴する縦隔炎, 腹膜炎などがある.晩期合併症としては狭窄と癌化などがある.

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