上腹部痛(Epigastric Pain)シリーズ20 EXPERT COURSE 解答 【症例 EE 96】

左傍十二指腸ヘルニア.Left paraduodenal hernia






図1の背臥位腹部単純写真でガスで軽度に拡張した,胃の小弯側に位置し胃を圧排する腸管の集簇がある(↑).図2〜図9のCTでも胃を小弯側から圧排する,Kerckring皺襞を有する,拡張した小腸ループが限局した集簇を作り(△),滑らかな円弧状の境界を持った嚢状構造(sac-like appearance)を形成している.内ヘルニアを疑うが,図9で小腸が虚脱して▲部に収束しており,そこがヘルニア門と思われ左傍十二指腸ヘルニアの可能性が高い.手術で左傍十二指腸ヘルニア(left paraduodenal hernia)を認めたが腸管壊死はなかった.
左傍十二指腸ヘルニア(図A)は傍十二指腸窩( Landzert窩)と呼ばれる,下腸間膜静脈の右側に生じる先天的欠損部から空腸が後腹膜へ脱出する内ヘルニアである.






参考症例(左傍十二指腸ヘルニア):67歳男性.腹部手術の既往はない.10日前10分程続く上腹部痛があり,食事で増強するので食事量を減らしていた.4日前同様な腹痛があり近医にて浣腸で改善した.上腹部痛発作の間隔が短縮してきたので精査のため入院.体温:36.7℃,左上腹部に圧痛がある.
図3〜図11に,胃を背側から圧排する場所,すなわち網嚢内にやや拡張した,kerckring皺壁を有する(図5)小腸のグループがある(△).円弧状の滑らかな境界で,いかにも嚢状構造の中に収まった感じを呈し,網嚢内への内ヘルニアを強く疑う.図7と図8の▲の部位が腸間膜血管の収束点だからヘルニアの嵌入部とすれば左傍十二指腸ヘルニアとの診断となる.図Aはイレウスチューブからの空腸造影で,↑がヘルニア内の上部空腸で左傍十二指腸ヘルニアを強く示唆する.イレウスチューブ先端がヘルニア内空腸に達し減圧に成功したので症状消失し退院したが,再発すればその時に手術の予定である.













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文献考察1):内ヘルニア総論(図,表)
内ヘルニアのCT診断
  Author:佐藤秀一(横浜旭中央総合病院 放射線科), 竹山信之, 吉田暢元, 新城秀典, 後閑武彦
  Source:画像診断(0285-0524)25巻8号 Page1034-1049(2005.07)
要旨:図は9種の内ヘルニアを示す.表は内ヘルニアの分類と欧米での頻度(Hansmann GH:Arch Surg 39:973-986,1939).我が国では腸間膜裂孔ヘルニアが最も多い.

文献考察2):内ヘルニア,過去5年間の本邦報告例56例
内ヘルニアによる絞扼性イレウスの2例
  Author:野崎久充(聖マリアンナ医科大学 解剖), 山田恭司, 小幡知行, 他
  Source:聖マリアンナ医科大学雑誌(0387-2289)25巻1号 Page81-86(1997.02)
要旨:腹腔内ヘルニアの定義は「体腔内の異常に大きいfossa,fovea(窪み,窩),foramen(裂孔)の中に臓器(主に腸管)が嵌入する状態」とされる.腹腔を中心に考えると, 閉鎖孔ヘルニア, 坐骨孔ヘルニア, 横隔膜ヘルニアなどは外ヘルニアにあたり除外される.また, 手術によって形成された裂孔への臓器の嵌入は純粋な内ヘルニアとはいいがたく除外される.Steinkelの分類により,(1)腹腔内臓器が嵌入する部位により十二指腸空腸窩, 盲腸窩, 網嚢孔などに腹腔内臓器が嵌入する腹膜窩ヘルニア, (2)腸間膜, 大網, 子宮広間膜などの異常裂孔に嵌入する異常裂孔ヘルニアに分類され, 欧米では腹膜窩ヘルニア, 特に傍十二指腸ヘルニアが多く約半数以上を占めるとされるが, 本邦では異常裂孔ヘルニアによる報告例が多い.過去5年間の本邦報告56例においては,1)腸間膜異常裂孔によるもの23例(41%),2)大網・小網異常裂孔によるもの13例(23%),3)子宮広間膜異常裂孔によるもの12例(21%),4)盲腸窩・傍十二指腸窩などその他8例(14%)であった.

文献考察3):傍十二指腸ヘルニア本邦集計101例,左が67.6%,右は30.7%
術前CT画像にて疑われた,左傍十二指腸ヘルニアの1例
  Author:山口智弘(滋賀医科大学 外科), 内藤弘之, 遠藤善裕, 来見良誠, 花澤一芳, 谷徹
  Source:日本臨床外科学会雑誌(1345-2843)63巻8号 Page1901-1904(2002.08)
  Abstract:14歳男子.1年前より4回の腹痛発作を繰り返していた.4度目の腹痛発作時に腸閉塞の診断でイレウス管を挿入し,腸閉塞は解除されたが腹痛発作を繰り返す為,診断治療目的で腹腔鏡補助下に手術を施行した.その結果,左傍十二指腸ヘルニアと診断し,中腹部正中切開で開腹したところ,径約8mmの白色強靱な索状物が回腸末端から口側約80cmの小腸間膜とS状結腸間膜の間に存在した.この索状物は胎生期遺残物で脈管環と考えられ,これによる締め付けが腸閉塞の原因と考えられた.索状物に脈管のないことを確認後,切離してヘルニア嚢より小腸を取り出し,下腸間膜静脈と下腸間膜動脈に囲まれた部位がヘルニア門となっていた為これを縫合閉鎖した.比較的若年で,開腹手術の既往がなく,腹痛を繰り返す症例では傍十二指腸ヘルニアの可能性を考慮する必要があり,その診断には造影CTが有効であると考えられた.
追記:傍十二指腸ヘルニア本邦集計101例中,左が69例(67.6%)で右は31例(30.7%),発症年齢は生後3日から75歳までだが,40歳までが61例で半数以上を占めている.男性:女性は69.3%:28.4%で男性に多い.発生頻度としては,欧米では全内ヘルニアのうち53%といわれるが,我が国では24.2%で腸間膜裂孔ヘルニアに次いで多い.術前正診率は10.5%と低く,診断の難しさを物語っている.臨床症状は,腹痛,嘔吐と腫瘤の触知が三大症状であり,その中でも間欠的腹痛が最も多く,70〜80%は長期にわたる既往を持っている.

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