上腹部痛(Epigastric Pain)シリーズ11 RESIDENT COURSE 解答 【症例 ER 52】

急性膵炎・膵壊死.Acute pancreatitis with necrosis.




造影CTである.図1と図2の※は膵周囲の液貯留で,図3〜図9の↑は血流の全くない膵組織,すなわち壊死に陥った膵臓である.図5〜図8で膵頭部と体部にわずかな膵組織(△)が残っているだけなので90%以上の壊死と推測する.単純CTでは壊死の診断は通常不可能であり,急性膵炎の診断と経過を追う際造影CTの役割は極めて重要である.1992年のAtlanta symposiumでは膵実質の30%以上の領域あるいは境界明瞭な3cm以上の造影不良域(造影CTでdensity値が30Hounsfield Units未満の領域)を膵壊死と定義したが,最近では狭い範囲の造影不良域も膵壊死と判断することが多い.膵と脾臓は通常は同等に造影されるので,脾臓のdensityと比較して低濃度な部分が壊死巣とみなすが,急性膵炎では膵実質が浮腫を伴うので壊死がなくてもある程度densityは低下するから造影CTによる膵壊死の診断は容易ではないこともある.






参考症例(急性膵炎・膵壊死):45歳男性.過去に軽症のアルコール性膵炎で2回の入院歴がある.8時間前からの上腹部痛のため来院した.血清amylaseは38 IU/Lと正常.急性膵炎だが膵壊死はありますか? 頭部一部の△は膵組織と認識できるが,それ以外の↑部分は均一な低濃度を呈し壊死を強く疑う.IVCが虚脱しており,脱水が膵壊死を早めた可能性がある.










6日後のCTで壊死所見が明白となる.膵頭部の△はviableな膵組織,その他の部位↑はほとんど血流のない壊死組織で,90%の膵壊死である.保存的に治癒したが退院時にはインシュリンを要する糖尿病が発症した.










文献考察:用語の定義
Bradley EL 3rd:A clinically based classification system for acute pancreatitis. Summary of the International Symposium on Acute Pancreatitis, Atlanta, Ca, September 11 through 13. 1992. Arch Surg 128: 586-590 1993.

急性膵炎の分類と用語の定義:1992年のAtlanta International Symposiumにて急性膵炎の分類と定義が改めて確認されたが,要点は以下のとおりである.
1.重症急性膵炎(severe acute pancreatitis)とは臓器不全を伴うか,膵壊死,膿瘍や仮性嚢胞を合併するもので,Ranson Score3以上,APACHEが8点以上を特徴とする.臓器不全とは,ショック(収縮期庄<90mmHg),呼吸不全(PaO2<60mmHg),腎不全(輸液後のCr>2mg/dl),消化管出血(>500ml/24時間),全身的合併症としてDIC(Plt≦10万/mm3,フイブリノゲン<1g/L,FDP>80μg/ml),重症な代謝障害(Ca≦7.5mg/dl)があるもの.病理学的にはほとんどの例が膵壊死を呈するが,まれに壊死のない浮腫性膵炎が重症化することもある.
2.軽症急性膵炎(mild acute pancreatitis)とは,臓器不全があっても最小限度で,上記重症急性膵炎の所見がないもの.顕微鏡学的に膵壊死をみることがあるが,主病変は間質の浮腫である.膵周囲の脂肪壊死はあってもよい.75%は合併症なく経過するが,治療開始して48〜72時間以内に改善がみられなければ合併症の有無を検索する.
3.急性液貯留(acute fluid collections)とは,急性期にみられ,膵内あるいは膵周辺に存在するもので,線維性の被膜を欠くものである.重症の30〜50%に認められ,半分以上が自然消失し,残りは膵膿瘍か仮性嚢胞となる.膿瘍や仮性嚢胞との鑑別点は液貯留にはっきりした壁がないことである.
4.膵壊死(panceatic necrosis)とは,びまん性あるいは限局性の膵実質の壊死をいい,通常は膵周囲脂肪組織の壊死を伴う.診断は造影CTがgold standardである.CTの診断基準は,膵組織の30%以上がenhanceされない,または,膵実質の境界鮮明な3cm以上のenhanceされない病巣をいう.壊死病巣の吸収値は50 Hounsfield Units以下(基準値50〜150).半定量的方法として,通常は膵と脾臓は同等にenhanceされるので,脾臓のdensityと比べてlow densityな病変が壊死巣とすることもできる.造影CTで描出される不均一な膵周囲の脂肪組織の中には壊死に陥った脂肪組織のみならず,液状物質や血腫が混在しており,すべてが壊死脂肪組織ではない.それでもCTによる膵壊死の正診率は90%以上である.無菌性膵壊死(sterile pancreatic necrosis)と感染性膵壊死(infected pancreatic necrosis)との鑑別はきわめて大事である.感染性膵壊死は3倍死亡率が高く,無菌性壊死は保存的治療が可能だし,感染性膵壊死は手術以外の方法では致命的であるからである.鑑別の最良の方法は経皮的穿刺吸引により採取した液を培養することであり,安全で正確である.細菌陽性であれば開腹手術の適応である.
5.急性仮性嚢胞(acute pseudocyst)とは,急性膵炎,膵外傷や慢性膵炎の併発症として発生する,肉芽性または線維性の壁(被膜)を有する膵液貯留である.液貯留と異なって,明確な壁を有するのが仮性嚢胞だから,その形成には膵炎発症から4週間以上を要する.4週間未満で,明確な壁のないものは急性液貯留と呼ばれる.慢性仮性嚢胞(chronic pseudocyst)は明確な壁を有するが,急性膵炎の既往がない慢性膵炎の併発症である.仮性嚢胞内から細菌が検出されることもあるが,それはcontamination(汚染)であり,臨床的な感染ではないので,あまり問題にはならない.仮性嚢胞内に膿が存在すれば,それは膵膿瘍と呼ぶのが正確である.
6.膵膿瘍(pancreatic abscess)とは,通常膵近傍に存在する,境界の明確な,膵壊死組織をほとんど含まない腹腔内膿瘍である.臨床的には腹腔内感染の像を呈し,重症膵炎の後期,通常4週間後に発症する.膵壊死組織を含む膿瘍は感染性膵壊死と呼び,区別すべきであり,その理由は2つある.感染性膵壊死の死亡率は,膵膿瘍の2倍であることと,両者の治療法が異なるから(膵壊死を含まない膵膿瘍は経皮的ドレナージで排膿可能,感染性膵壊死は外科的なdebridementが必要).待期的膵手術後の膿瘍を膵膿瘍と呼ぶのは正しくなく,術後膿瘍(postoperative abscess)と呼ぶべきである.
7.その他の用語法:phlegmonは触知できる浮腫性の炎症性腫瘤の意味で使われるが,感染性膵壊死も含まれることがあり意味曖昧で使用すべきでない.感染性仮性嚢胞(infected pseudocyst)も廃語にすべき(→膵膿瘍).出血性膵炎(hemorrhagic pancreatitis)は壊死性膵炎と同義語として使われるが,出血のない壊死性膵炎も存在するので,手術所見あるいは剖検所見の外見の表現用語としてのみに限定すべき.慢性膵炎の急性増悪は急性膵炎に含まれる.

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