上腹部痛(Epigastric Pain)シリーズ1 RESIDENT COURSE 解答 【症例 ER 1】

穿通性胃潰瘍.Penetrated gastric ulcer.




図3〜図6の白矢印はガスではなく脂肪組織である.胃内のガスは輪郭(辺縁)が鋭的で,色が真っ黒であり,図3〜図6の白矢印は輪郭(辺縁)が鈍で,黒さがやや薄い.遊離ガス(free air,pneumoperitoneum)はないし,腹水も認めないので消化管の穿孔ではなさそう.図3で小弯側は強いwater densityの粘膜下浮腫により2cm以上の壁肥厚を呈している(▲).図5〜図9の↑は,その粘膜下浮腫により肥厚した壁(▲)内に円形の壁欠損像を描出しており,すなわち胃角部から後壁へ広がる急性潰瘍性病変である.急性胃潰瘍は周囲の浮腫を伴い,大部分が胃角部小弯側近辺に発生するので,図3から順に小弯側の浮腫性壁肥厚(▲)に注目し,図5からの円形の壁欠損像を見つければ,胃の急性潰瘍性病変の診断はそう困難ではない.図9で潰瘍底は膵臓に接しており(△) ,膵臓へ穿通した潰瘍と診断できる.内視鏡検査で膵臓に穿通した大きな胃潰瘍を認めた.症状強く,投薬に反応しないため手術となり胃亜全摘術を行った(図A:切除標本,↑が胃角部から後壁へ広がる穿通性の胃潰瘍).病理診断:perforated,benign gastric ulcer.








参考症例(胃潰瘍):43歳男性.4ヶ月前胃潰瘍で入院歴があるが,退院後は来院せず薬を中断している.2週間前から上腹部痛を自覚していたが市販の胃薬で我慢していた.前日より痛みが激しくなり,当日になって嘔吐も加わり来院した.熱はなく,腹部は心窩部に圧痛がある.
図1から胃小弯側の浮腫性壁肥厚があり(▲),図10の前庭部後壁に広がる.図4〜図8の↑はその粘膜下浮腫で肥厚した壁内の欠損像であり,胃角部から後壁へ広がる急性潰瘍性病変である.遊離ガスや腹水を認めず,穿孔はしていない.図Aは翌日撮影した胃透視画像で,△が,図Bは4日後行った内視鏡検査で,白矢印が大きな胃潰瘍であり,CT所見と一致する.












文献考察:消化性潰瘍
白川勝朗.中村哲也.寺野彰:消化性潰瘍.消化器疾患診療(財団法人 日本消化器病学会監修,「消化器病診療」編集委員会編集)p81-85,2004年,医学書院.

要旨:消化性潰瘍(peptic ulcer)の発症頻度を正確に算定するのは困難であるが,日本消化器集団検診学会による発見率では,胃潰瘍1.0-2.0%,十二指腸潰瘍0.5-1.0%程度である.十二指腸潰瘍が優位な西欧に対して,日本では胃潰瘍が優位であり,胃潰瘍/十二指腸潰瘍は、1.5〜2.3となっている.
 ヘリコバクター・ピロリ菌(Helicobacter pylori)感染と非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs:non-steroidal anti-inflammatory drugs)の内服が消化性潰瘍の2大成因である.H. pylori感染率は胃潰瘍患者,十二指腸潰瘍ともに92〜99%と一般人口における感染率約60%より高く,H. pylori陰性潰瘍は約3%のみである.H. pylori感染が消化性潰瘍を引き起こす機序や,一部の感染者にのみ潰瘍が発生する理由など十分に解明されていない問題も多いが,消化性潰瘍の最大の原因であることは疑問の余地がない.
 ヒスタミンH2受容体拮抗薬(H2ブロッカー)やプロトンポンプ阻害薬(PPI)を用いた従来の胃潰瘍維持療法では,12か月後における累積再発率20%前後とする報告が多い.それに比べ,除菌治療後の胃潰瘍,十二指腸潰瘍の再発率は著しく低い(0〜数%).除菌に成功すれば,潰瘍患者のQOLが改善するばかりでなく,医療費の削減にも貢献する.したがって,消化性潰瘍患者の診療にあたっては必ずH. pylori感染の有無を検索し,菌の存在が証明された場合は積極的に除菌を行うべきである.
 NSAIDsはシクロオキシゲナーゼ阻害によってプロスタグランジン(PG)の産生を抑制し,鎮痛・抗炎症作用を発揮する.このとき,消化管粘膜における内因性PGも減少し,粘膜抵抗性が減弱する.これが粘膜傷害の主要な機序と考えられている.近年,整形外科疾患,脳血管障害,虚血性心疾患などを有する高齢者へのNSAIDs投与が増加しており,NSAIDsが関与する消化管粘膜傷害が大きな問題となっている.NSAIDsの長期投与を受けている関節リウマチ患者1,008例に内視鏡検査を行ったところ,15.5%に胃潰瘍,1.9%に十二指腸潰瘍,38.5%に胃炎を認めたとする日本リウマチ財団の疫学調査がある.NSAIDs潰瘍には,1)前庭部,胃体部に多く,通常の好発部位である胃角部に少ない,2)不整形の潰瘍が多い,3)多発傾向があるなどの内視鏡的特徴がある.臨床的には,4)鎮痛作用のため自覚症状を欠く場合も多く,5)小児用アスピリンのように少量でも重症潰瘍の原因となりうるといった注意点が指摘されている.
 内視鏡診断:胃潰瘍は崎田・大森・三輪の時相分類(ステージ分類)によって,活動期(A1・A2)・治癒期(H1・H2)・瘢痕期(S1・S2)に分けて表現される.A1期には潰瘍辺縁に強い浮腫を伴い,潰瘍底に凝血や露出血管を認めることもある.やがて辺縁の浮腫が改善してA2期に移行する.治癒期(H1期・H2期)に入ると再生上皮が出現し,潰瘍は縮小する.自苔が消失すると潰瘍は瘢痕期に移行し,再生上皮が日立つ赤色瘢痕(S1期)と白色瘢痕(S2期)に分類される.
 H2ブロッカーやPPI(プロトンポンプ阻害剤)など強力な胃酸分泌抑制作用をもつ薬剤の登場により,消化性潰瘍は内科的にコントロール可能な疾患になった.現在では,穿孔・狭窄例や内視鏡的治療で止血不能な出血例のみが手術の対象となっている.2000年の人口動態統計における胃および十二指腸潰瘍の死亡率は人口10万対3.1であり,死亡原因疾患の中に占める頻度はきわめて低い.

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