外傷(Trauma)シリーズ7 RESIDENT COURSE 解答 【症例 TR 31】

右背部刺創・肝損傷 IIIa(S)・偽陽性遊離ガス.Stab wound of right back・AAST liver grade II・false positive pneumoperitoneum.



図1〜図4に明らかな遊離ガス(↑)があるが,肝周囲に腹水や血腫を認めない.図5〜図7の肝右葉の低濃度部分(△)は刺創走行の先端部分と思われ,図8と図9の▲は刺創の走行を考慮すると筋層の挫滅所見と推測する.遊離ガス以外に消化管損傷を示唆する他の所見(症例TR11の解答欄から下に再掲)を認めないので経過観察したが,退院までの5日間で食欲低下,腹痛,腹部膨満や腹膜刺激症状は出現しなかった.刺創ではガスが刃物と一緒に入ったり,呼吸性の陰圧のためガスを吸い込むことも起こりうることを意味する.






消化管穿孔のCT所見.1:腸管壁の断裂像(bowel discontinuity),特異度(specificity)は高いが陽性率(sensitivity)は低い.2:遊離ガス(extraluminal air,pneumoperitoneum),陽性率は意外と低く50%前後.特異度は高いが,消化管穿孔以外の原因もあり慎重な臨床的判断を要する(後述).他の所見が複数加われば消化管穿孔の可能性は100%に近い.3:壁内ガス(intramural air),陽性率は低いが特異度は高いとの報告がある.4:経口的に投与した造影剤の腸管外漏出(extraluminal oral contrast material),または腸管内容物の腸管外漏出,特異度は最も高い(100%)が,陽性率は意外と低く(19〜42%),時間がかかる,麻痺性イレウスの症例が多い,誤嚥の可能性などから敬遠されつつある(後述).5:腸管壁肥厚(bowel wall thickening).直接打撲,腸間膜損傷による虚血または静脈還流障害によるものとされる.陽性率は70%前後.連続2スライス以上で3,4mm以上を壁肥厚とする文献が多いが,腸管の拡張度に影響を受けるのでそう単純ではない.「ある程度の内容物を含み(虚脱していない),厚さが4mm以上で,周囲の正常な腸管より明らかに壁肥厚を呈する」が適当な読影の仕方と思われる.壁肥厚だけの単独所見は特異度は高くなく,液貯留(腹水)や遊離ガス,腸間膜の濃度上昇があれば消化管穿孔の可能性は極めて高くなる.6:腸間膜の濃度上昇.infiltration(境界不鮮明な濃度上昇),stranding(streaking:スジ状の濃度上昇)などと呼ばれ,血腫,腸液あるいは炎症性の反応を反映するといわれる.70%前後に認めるが単独では特異度は低い.7:腸管壁の濃染(bowel wall enhancement).定義は「腸腰筋より濃度が高い,または周囲血管と同等な濃染」.特異度や陽性率,消化管穿孔の診断上の価値は不明.8:液貯留・腹水(unexplained free fluid:実質臓器損傷を認めないが液貯留・腹水がある).陽性率は高く特異度は低いが,小腸間や腸間膜間に存在するものは消化管穿孔や腸間膜損傷を示唆する.
参考症例(偽陽性遊離ガス):自殺目的で包丁で腹部を4ヶ所刺した(図1)68歳女性.左側に気胸を認めた.






↑が刺創から脱出した胃.大量の腹腔内遊離ガス(▲)を認めるので消化管穿孔を確信するのだが,意外にも手術では既に自然止血した肝外側区域の裂創と横隔膜に8mm大の裂創を認めるのみで,胃を含め消化管穿孔は確認できなかった.Expert Course TE32を参照.






文献考察:腹部刺創
当麻美樹:刺創・切創,実践外傷初療学(編著:石原晋),p289-313,2001,永井書店
要旨:外傷は鈍的外傷(blunt trauma)と鋭的外傷に大きく分類され,鋭的外傷には穿通性外傷(penetrating trauma)と非穿通性外傷(nonpenetrating trauma)がある.刺創(stab wound)とは包丁やナイフなど先の尖った刃物やアイスピック,釘,針,ガラス片などの刺入により生じた創である.凶器が刺入されたまま搬送された場合には,非穿通性損傷が明らかな場合を除いて,凶器を抜去してはならない.これは,凶器によりタンポナーデされていた出血が抜去を契機に再出血する可能性があるためで,出血に対応できる体制のもとで手術室で直視下に抜去することを原則とする.刺創では実質臓器損傷や腹部血管損傷による腹腔内や後腹膜腔への出血と,管腔臓器損傷による汎発性腹膜炎が主病態となる.手術適応:1.vital signsが不安定(fluid resuscitationに反応しない出血性ショック),2.管腔臓器損傷,3.横隔膜損傷,4.還納不可能な臓器脱出や脱出臓器が損傷されている場合,5.凶器の残存.明らかな手術適応がなければ局所麻酔下に創検索(local wound exploration)を行い穿通性の有無を診断する.創検索で穿通性損傷と診断されてもすべてに手術適応があるわけではなく,臨床所見と各種画像診断で陽性所見を欠くときは経過観察をすることもある.刺創部より脱出した大網や腸管の還納が容易で,ほかに手術適応となる損傷がない場合は還納し経過観察を行うこともある.刺創では開放性損傷となるため,遊離ガス=管腔臓器損傷とはならない.刺創路造影の診断的意義は少ない.診断的腹腔洗浄(DPL:Diagnostic Peritoneal Lavage):臨床所見や画像診断でも管腔臓器損傷の診断がつかないときにはDPLを行う.温生食または乳酸リンゲル液1000ml注入後の回収液中RBCが100,000/mm3以上,WBCが500/mm3以上を陽性とする.

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