外傷(Trauma)シリーズ4 RESIDENT COURSE 解答 【症例 TR 16】

膵損傷(IIIa).AAST,Pancreas grade III



遊離ガスはないが,図1〜図3で少量の腹水(※)を,図2で胃背側に,図5〜図7で膵体尾部周辺の後腹膜に液貯留(▲:均一な低濃度域で境界鮮明)を認める. 図4〜図6の△は楔型の無造影域を示し膵断裂であり,同部が描出されている全スライス(図4〜6)で膵組織の連続性が断たれており完全断裂を示唆する.門脈・上腸間膜静脈右縁から右側が膵頭部と定義されるので,膵体部断裂で日本外傷学会膵損傷分類のIIIa である.図3と図4で左腎の↑は腎損傷と思われるが,損傷範囲は小さく周囲に液貯留や血腫を認めずminor injuryと解釈していい.T:膵尾部,B:膵体部,H:膵頭部.ERP(Endoscopic Retrograde Pancreatography:内視鏡的逆行性膵管造影)で主膵管の断裂と造影剤漏出を認め(図A:△),そこから末梢の膵管は造影されない.手術でCTと一致する所見を認め膵体尾部・脾臓合併切除を施行した.






参考症例 1(10mmスライスと5mmスライス):下段の図A〜図Eは慢性膵炎同一症例の10mmスライスCT(図A,図B),5mmスライスCT(図C,図D)とERP(図E)であるが,ERPで示されている膵管拡張(↑)が,5mmスライスCTでは描出されている(△)が,10mmスライスCTでは認識できない.膵臓は横長に広がる解剖学的特殊性のため,膵疾患や膵外傷のCT診断に10mmスライスでは情報が不十分であることを示している.





参考症例 2(膵体部完全断裂):5歳女児.ぶら下がっていた電子オルガンが倒れ腹部を直撃し,腹痛を訴え来院した.心窩部に圧痛と反跳痛を認めたが筋性防御はない.
△は膵体部(B)の完全断裂を示し,膵周囲に液貯留または脂肪組織の濃度上昇(▲)を認める.Du:十二指腸,H:膵頭部,T:膵尾部.まもなくして腹痛が増強し,筋性防御も出現したのでERCPを行わず手術となり,同所見が確認された.







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文献考察:膵外傷のmanagement
下記文献をまとめると,I.膵損傷のCT診断(ヘリカル以前のCTを含む)のsensitivityは70%前後しかなく何らかの工夫が必要.II.治療が受傷後24時間以上遅れると死亡率と合併症が高い.III.ERPが膵管損傷の診断のgold standardである,IV.主膵管損傷例は手術の適応.
 従ってCTを中心としたmanagementは,1:膵臓は3〜5mmスライス造影CTを撮る,2:脾臓,肝,腸間膜損傷で前述したが,double phase造影CTで所見の検出率が向上する可能性がある,3:3〜5mmスライス造影CTで完全断裂はERPは不要で手術の適応,4:部分断裂で膵臓の厚さの50%以上の深い裂傷は時間と患者の状態が許せばERP,さもなくば手術,5:50%以下の裂創はERPを施行することが望ましいが,できない施設では厳重な経過観察,6:明白な断裂を認めず,二次所見(下記)だけの症例は,数時間〜12時間後にCTを再検査する

1)【肝胆膵の救急画像】 膵外傷 症例からみた病態・診断・治療の問題点
  Author:木村理(山形大学 医学部器官機能統御学消化器・一般外科学), 布施明, 神賀正博, 馬晋峰, 鈴木明彦, 蜂谷修, 横山英一, 渡辺利広, 矢野充泰, 桜井文明
  Source:消化器画像(1344-3399)6巻2号 Page253-260(2004.03)
  Abstract:膵が単独で損傷を受けたときには外科手術を必要とする場合と必要としない場合がある.したがって膵の損傷の有無や程度を的確に診断し,手術適応を決定しなくてはならない.そのためには,血清アミラーゼ測定やCT検査を経時的に繰り返し行う必要がある.他臓器の合併損傷によって緊急開腹をする場合には,手術中に膵を十分に観察する必要がある.損傷を受けた膵に対する外科的治療としては,約80%の症例で膵周囲のドレナージ手術或いは膵尾側切除術によって対応できることを念頭に置かなくてはならない.全身状態や合併損傷の重症度を考慮し,過大侵襲にならないような手術を心がける必要がある.

2)【外傷性膵・十二指腸損傷の診断と治療】 外傷性膵損傷に対する診断と治療(解説/特集)
  Author:大森浩明(岩手医科大学 救急医), 旭博史, 井上義博, 藤野靖久, 入野田崇, 遠藤重厚, 斎藤和好
  Source:日本腹部救急医学会雑誌(1340-2242)21巻8号 Page1317-1323(2001.11)
  Abstract:外傷性膵損傷の診断法について,自験例の検討を加えて概説した.腹部理学的所見は他の腹部合併損傷によって修飾され,診断が困難な場合が多い.血清アミラーゼ値は受傷後早期には上昇しない場合が多く,補助的診断法として有用でないとされ,診断的腹腔穿刺も血清アミラーゼ値と同様に特異的検査法ではない.腹部CTは感受性は高いものの,主膵管損傷の有無を鑑別することは難しい例がある.したがって,早期の内視鏡的逆行性膵管造影(ERP)に関しては議論があるものの,ERPは手術適応の決定や過大な手術侵襲の回避に重要な診断法であると考えられる.Helical CTやMRI等の膵損傷への応用も検討されており,今後が期待される.

3)【外傷性膵・十二指腸損傷の診断と治療】 鈍的膵損傷の診断と治療法の検討(原著論文/特集)
  Author:坂本照夫(久留米大学高度救命救急センター), 廣橋伸之, 志田憲彦, 高松学文, 石川律子, 本多英喜
  Source:日本腹部救急医学会雑誌(1340-2242)21巻8号 Page1333-1339(2001.11)
  Abstract:鈍的膵損傷46症例を1990年迄の前期28症例(男20例・女8例,平均39.0歳)とそれ以降の後期18症例(男17例・女1例,43.7歳)に分けて,診断と治療法および予後について検討した.受傷機転では交通事故が46例中35例と最も多く,搬入時に画像診断で損傷形態まで診断できたのは前期では39.3%であったのに対して,後期では77.8%に向上していた.前期では内視鏡的逆行性膵管造影(ERP)の施行は1例(3.6%)であったのに対し,後期では10例(55.6%)であった.膵単独損傷は10例で,腹部他臓器損傷を合併している症例が多く,治療としては前期では外科的治療が27例,保存的治療が1例であったが,後期では外科的治療が14例,保存的治療が4例にみられ,死亡は後期の3例であった.鈍的膵損傷の治療は,まず受傷機転から膵損傷を疑いCTとERPでの確実な損傷形態の診断に始まり,膵管損傷を認めた場合は直ちに手術を考慮すべきであると考えられた.

4)Am Surg. 2002 Aug;68(8):704-7; discussion 707-8.
Efficacy of computed tomography in the diagnosis of pancreatic injury in adult blunt trauma patients: a single-institutional study.
Ilahi O, Bochicchio GV, Scalea TM.
要旨:sensitivityは68%で満足できる成績ではないが,MDCTで診断率向上が期待できる.死亡率:12.5%

5)Eur Radiol. 1999;9(2):244-9.
CT of blunt trauma of the pancreas in adults.
Bigattini D, Boverie JH, Dondelinger RF.
要旨:sensitivityは62.5%,向上させるには5mmスライス造影CTが必要,疑わしい症例は12時間後にCTの再検査を

6)J Comput Assist Tomogr. 1997 Mar-Apr;21(2):246-50.
CT grading of blunt pancreatic injuries: prediction of ductal disruption and surgical correlation.
Wong YC, Wang LJ, Lin BC, Chen CJ, Lim KE, Chen RJ.
要旨:Grade A:Pancreatitis and/or superficial(50% of thickness) lacerations at distal(体尾部) pancreas.Grade BII:transections(完全断裂) at distal pancreas.Grade CI:deep lacerations at proximal(頭部) pancreas.Grade CII:transections at proximal pancreas.BI以上は膵管損傷の可能性は極めて高く,ERPなしで手術の適応と思われるが,それを証明するにはさらに症例を重ねる必要がある.

7)J Trauma. 2004 Apr;56(4):774-8.
Management of blunt major pancreatic injury.
Lin BC, Chen RJ, Fang JF, Hsu YP, Kao YC, Kao JL.
要旨:上記Grade BI{deep(>50% of thickness) lacerations at distal(体尾部) pancreas}以上はERPなしで手術の適応.受傷後24時間以上経過してからの術後合併症は高い.MRCPは合併症の膵管の評価には有用だが,急性期の有用性は高くない

8)Radiographics. 2004 Sep-Oct;24(5):1381-95.
Blunt trauma of the pancreas and biliary tract: a multimodality imaging approach to diagnosis.
Gupta A, Stuhlfaut JW, Fleming KW, Lucey BC, Soto JA.
要旨:膵損傷の頻度は鈍的腹部外傷例の2%以下,部位は2/3は体部に,残り1/3は尾部と頭部に発生する.死亡と合併症の原因は主膵管損傷によるものがほとんどである.頭部損傷の死亡率は他部位の2倍である.CT所見.I.直接所見:膵腫大,断裂像(線状の無吸収域),粉砕像,不均一な造影効果,II.二次的所見:周囲脂肪組織の濃度上昇またはstranding(スジ状の濃度上昇),周囲の液貯留,脾静脈と膵間の液貯留,出血,前腎傍筋膜の肥厚,周囲臓器の損傷.診断率向上には5mmスライス造影CTが必要である
  【参照症例】   1. 日本外傷学会 膵損傷分類2008

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